挨拶をする人は、ほぼ決まっています。
挨拶をする人はいつもするし、しない人はいつもしません。
いつも挨拶をする人が、体調やタイミングが悪くて挨拶をしないことはあっても、いつも挨拶をしない人が突然挨拶をするようになることは、ほとんどありません。
挨拶は、今や誰でも簡単にできるものではないのかもしれません。
言い換えれば、挨拶はできる能力が高まるまでできるようにならないのかもしれません。
最近は、家庭や地域でも挨拶をする習慣が少ないように思います。挨拶をする力が高まる機会が、なおさら失われているといえるでしょう。
このように考えると、毎日教室で繰り返し声を出したり、お辞儀や表情を加えたりしながら行う「挨拶の基礎練習」が必要なのではないでしょうか。
幼子に教えるように教師がお手本を見せ、一緒にやってみて繰り返し練習するといった時間が必要な訳です。
冗談ではなく、授業の一環としてそんな学習時間が今後導入されていってもおかしくはありません。
それほど挨拶をすることが難しくなっていて、子供たちにその力をつけていかなくてはならないということです。
そう思うようになってからの私は、教室で挨拶の大切さを示すエピソードを繰り返し話したり、挨拶の良さを実感する体験を基にペア・グループ、全体で話し合ったりする学習や時間をできるだけ取り入れるようにしました。
すると、それらを通してクラスの子供たちの挨拶力が高まり、挨拶ができるようになる子供が少しずつ増えていきました。と同時に、一人一人の挨拶のレベルも徐々に高まっていきました。
ところで、挨拶をする(できる)ために必要な能力とは、どんなものでしょう…?
私は、おぼろげながら次のような力ではないかと思っています。
3つ挙げます。
① 活力(=元気や明るさ、体力など)
② 自己承認力(=自己肯定感や自己アピール力、自信など)
③ コミュニケーション力(=「人と関わる力」や「つながろうとする力」など)
大きな声を相手に届けることは、活力や自己承認力がない人には、難しそうです。また、コミュニケーション力は人が関わる上でとても重要であり、私はこの力が特に必要だと思っています。
そもそも人にとってコミュニケーションが必要ないとすれば、挨拶も要らないでしょう。挨拶は、本来人と人とをつなぐためのものだからです。
ちなみに、挨拶の「挨(あい)」は【開く】という意味で、「拶(さつ)」には【近づく】という意味があるそうです。
つまり、挨拶は「自分の心を開いて、相手に近づく」ことであり、まさにコミュニケーションそのものといえます。
挨拶の素敵な人は、このコミュニケーション力が高い人といえるのではないでしょうか。
逆に挨拶が上手でない人は、人と関わることが苦手のような気がします。
このことからも、挨拶をする(できる)子供を育成するには、挨拶の大切さを伝え意識を高める指導も必要ですが、話し合いや体験学習などを通して、コミュニケーション力などの能力を地道に育てていくことが大切です。
また、子供たち自身が挨拶をどれだけ自分事として捉え、子供たち同士で広げていくことができるかも、とても大きいと思います。
コミュニケーション力は、これからの時代を生きる子供たちにぜひとも必要な資質・能力の1つです。
「たかが挨拶、されど挨拶」
これは、改めて私たちに課せられたテーマなのではないでしょうか…。