2023年度がスタートして、早くも3ヶ月が経ちました。
教師にとっては、1学期も後わずかとなり、追い上げの時期ですね。
また評価の時期でもあり、もうしばらくは多忙な日々が続くことでしょう。
何はともあれ、あとちょっとで夏季休業です。完全な休みになる訳ではありませんが、少しはほっとできるであろう夏休みがすぐ目の前です。
1学期の終業、そして楽しい夏休みに向けて、もうひと踏ん張りです!
今回は、ブログに初めて自身のプロフィールを公開したこともあり、あまり興味はないと思いますが、私自身のことを含めて学級経営への思いを書きます。
私は、学級経営や学習集団というテーマを考えるとき、いつも苦い経験とともに、この言葉を思い出します。
『学級経営は、最初の1か月が勝負!クラスづくりのほとんどが、この時期に決まる』 (先輩から教わり、自分自身も肝に銘じてきました)
また、苦い経験というのは、思い出したくもないですが、一生忘れることのできない、教師成り立ての頃の話です。
20代を民間企業で過ごし、それなりの結果と評価を残していた私は、正直なところ教員という職業を見下していました。教師という仕事をバカにしていたのです。自分には簡単に務まるとさえ思っていました。まさに天狗の状態でした。
そして、向こう見ずで、謙虚さのかけらもなかった私は、大失敗をしてしまいます。
31歳で教師になった私はとても初任者とは思えないような態度だった上に、1・2年目に受けもったクラスを大きく崩れさせるという大失態を犯すのです。
原因は、私の学級経営と授業のまずさでした。特に学級経営は、酷いものでした。
優しさと甘さをはき違え、全ての子供に甘く対応してしまったのです。クラスは、見事に1ヶ月で崩れました。担任としての信頼は失い、言うことを聞かない子供が何人もいました。
醜いイジメもありました。まともに授業にならない毎日が続きました。子供同士のトラブルが頻発し、来る日も来る日も家庭訪問でした。
同じ学年の3名の先生方との人間関係も崩れ、文字どおり、身も心もボロボロでした。しかし、自分にはどうすることもできず、ただただ辛い時期を過ごすこととなりました。
特に学年主任の先生とは何度もぶつかり、ケンカをし、荒んだ関係になっていきました。
「あんたは、教師失格だ!」
面と向かって、そう言われました。正直、そのとおりだと思いました。
今だから言えますが、教師を辞めようと何度も思いました。辛くて2回ずる休みをしました。(なぜかそんな私の気持ちを分かってくれる教員仲間が一人だけいてくれたことが、私にとってせめてもの救いでした)
今思うと、あんなにひどいクラスにしてしまったのに、なぜ管理職の先生に6年担任にもち上がりたいと伝えたのか…、また、なぜそれを認めてくださったのかも分かりませんが、この2年間の暗黒時代があったからこそ私は今でも教員を続けていられる、といっても過言ではありません。(不思議なことに、子供たちを憎いとか嫌いだと思ったことはなく、何とかよい関係を築きたい、このままの関係で終わりたくない、の一心でした。子供たちには、本当に申し訳ないことをしました…)
そして、この暗黒の2年間を経験し、学級経営の大切さを嫌というほど味わった私は「教師人生をこのまま終わらせたくない。教師として成長し、いいクラスをつくりたい!」と、心から思うようになったのです。
それからは様々なことを学び、新しい取り組みにも挑戦しながら、少しずつ経験を積み、学級経営の力を高めていきました。
しかし、そう簡単に学級経営や授業がうまくなるはずもありませんでした。
それから5年程が経ち、教師として少し余裕がもてるようになった頃、気が付くと崩壊したクラスや誰もが敬遠する対応の難しいクラスの担任を任されるようになっていました。
未だに良いクラスづくりへの自信はありませんが、その時は少しは周りから評価されるようになったのかなと思いました。
実際の大変さや忙しさとは裏腹に、嬉しい気持ちでワクワクしながら取り組んだことを覚えています。
少々、年寄りの昔話が過ぎました。
次回は、学級経営についての見方・考え方を伝えたいと思います。