「ヨコの関係づくり」、3つ目のテーマです。
子供への平等・公平、子供の納得感
子供たちと共に過ごす中で、これは留意しなければならないということがあります。
それは、教師の子供たちに対する「平等」と「公平」です。
教師が子供たちに平等に接しているか、公平に対しているかは、とても大切なことです。
ただし、これは意外と難しく、時として接し方や対応の仕方を間違ってしまうことがあります。
「平等」と「公平」の言葉の意味を、改めて理解しておきましょう。
「平等」とは、差別や偏った見方をせず、一様に関わることです。
「公平」とは、知識や能力の差に応じて、適切に関わることです。
あなたは、教室で子供たちに対して差別や偏った見方をしたり、えこひいきしたりすることなく、全員に一様に接していることでしょう。
例えば、全体に向かって活動の仕方を説明したり、クラス全員に同じ行動をとるように指示したりすることがあります。
ある子供にだけ説明や指示をして、ある子供にはしない、ということは基本的にはなく、全員に同じように説明や指示をするでしょう。また、全員にそれを守らせるようにするでしょう。
これは、平等に関わるということです。
一方で、あなたはある子供たちに様子や状況に応じて、より理解しやすいように言葉を替えて伝えたり、個別に指導したりしていることでしょう。
例えば、勉強が分からない子供に対して休み時間に個別指導したり、人を傷つける言動をした子供に注意・叱責をしたりすることがあります。
この場合は、子供の能力差や言動の違いによって、個別指導をする子供としない子供、注意・叱責をする子供としない子供に分かれます。その時の状況や様子によって変わるでしょう。
これは、公平に関わるということです。
これらの点に関して、ほぼ異論はないと思います。
ところが、時と場合によって、これらが適切に行使されないことがあるのです。
例えば、活動の仕方について欠席した子供に説明することを忘れていたり、クラス全員が揃っていない状況で指示をしたりする場合です。
そうすると、その子供が後になって別の子供から聞いて、「え、そうなの?」とか「そんな話は聞いていないよ」となり、困ったり恥ずかしい思いをしたりします。
また、勉強が分からない子供たちに対して、ある子供にだけ特に長い時間関わったり、注意・叱責をする際に、ある子供にだけ強く注意したりするといった場合です。
そうなると、「先生は、○○さんをえこひいきしている」とか「ぼくばっかりが悪いの?」となって、子供に不快な思いをさせたり傷つけたりしてしまいます。
いずれにしても、教師に対する信頼感や尊敬の念は、早々に崩れていくことになります。
ところが、教師は案外これらに気づいていなかったり、軽く考えて放置していたりすることが多いのです。これはたいへん危険なことです。
こうしたことが少しずつ積み重なっていき、子供たちの心がだんだんと教師から離れていってしまうのです。
しかも、この重大な事態に教師自身が気づいていないということです。
思い当たる節は、ないでしょうか。(恥ずかしながら、私の話です)
このように、教師が失敗してしまったり無意識の内に行ったりしている行為が積み重なることで、子供たちへの不平等感や不公平感を生み出します。
失敗の程度や頻度にもよりますが、十分気をつけていきたいものです。
これらが続くようであれば、あっという間にクラスは崩れていくでしょう。
教師と子供たちとのヨコの関係づくりも失敗に終わってしまいます。
教師は、不平等や不公平なことに敏感になり、常に意識していきたいものです。
子供たちに対して「平等」と「公平」を常に意識し、行動に表していくことは、子供たちの「納得感」につながります。この子供たちの「納得感」が重要です。
教師は、常に「子供たちが納得をしているかどうか」を確かめながら、接していくことが大切です。子供一人一人が納得しながら、充実した生活を送れるようにしたいものです。
そのためには、教師が憶測で判断して頭ごなしに叱ったり、自分の思いを優先して子供に謝罪を強制したりするようなことがあってはなりません。
子供たちにいつも中立の立場で接し、その子供が納得し、自らよりよい言動を指向していこうとするよう指導の仕方や伝え方を工夫していかなければなりません。
そうやって、教師としての力量を高めていくようにしましょう。
今回は、子供への平等・公平、子供の納得感について書きました。
次回のテーマは、「クラスに笑いをつくる」 です。