これまで私たちは、いろいろなことを自分で決めてきました。
高校や大学などの進学先や就職先、付き合う相手もそうですが、そういう大きな事ばかりではなく、もっと日常的なささいな事も数限りなくあります。
例えば、朝起きてまず何をするか(トイレに行くとか、顔を洗うなど)や、学校へ行くといったことです。間違いなく、自分で決めていますよね。強制されてトイレに行くとか、顔を洗うといったことは、まずないと思います。
朝起きたくないのに無理矢理起こされる、行きたくない学校に行くよう促されるということはあるかもしれませんが、最終的には自分で「起きる」「行く」を決めているのではないでしょうか。
このように、私たちは多くのことを、「自分で選び、決めてきた」のです。
なかなか自分の思ったようにならないと悩んでいる人は多い(私もその一人)ですが、自分のこれまでの生活を振り返った時に、思っている以上に私たちは「自分で決めている」ことが多いのです。そのことを自覚していないだけのことです。
そして、そうなるように行動しているのです。
だから、未来は自分で決められるのです。実際今日まで、未来を決めてきたのです。
脳科学者によれば、この日常の数限りない選択(意思決定)の数々が、人の脳に大きなストレスを与えているとのことです。
他人の言うとおりや決まっていることを淡々とすることの方が、実はストレスは少ないそうです。
しかし、そんな人生はどこかつまらないと思うのは私だけではないと思います。
だから、もっといろいろなことを、本来自分では決められないと思っている(思い込んでいる)ことこそ自分で決めよう、と考えるのです。
自分の未来を自分自身で積極的に決めたいと思うのです。そう思いませんか?
以前、新しいクラスを担任した時に「クラスの子供全員を好きになる、と決める」という話をしました。
全員を好きになるというのは、確かに理想論です。
でも、最初から子供たちと良い関係を結ぼうと強く思っている教師と、「そんなことは無理。適度に付き合っていけばよい」と思っている教師とでは、最終的な姿はどうなるでしょう…?
雲泥の差が出るのは、目に見えています。
「鏡の法則」といって、自分が思っていることと同じように相手も思うようになるのは、よくあることです。
そうであれば、良い意味で子供たちを大好きな教師が、そのために子供たちとの関係がどんどん悪化していく、ということは考えにくいです。
教師になるような人は、その多くは「子供が好き」だと思います。
その特性を生かし、「子供が好き」であることを自分の心の奥底に落とし込むことが、最近は特に必要だと感じています。
だから、「クラスの子供全員を好きになる」と決めるのです。
これは、決して人に強制することではありませんが、少なくとも私はそうすることで、これまで多くの問題を解決してくることができました。本当です。
自分の教師としての未来は、「クラスの子供たちと良い関係をつくって幸せに過ごしている」…そういうイメージをもっているとすれば、そうなることを今の内に自分で決めておけばよいのです。
「クラスの子供全員を好きになる」と決めることは、望む未来を手に入れるための準備とも言えます。そして、その未来を自分自身でつかむのです。
それが、「決める」ことの意味です。
それが、『「自分が決めた未来」こそが実現する』の核心です。